福岡伸一・プリオン説はほんとうか?
プリオン説はほんとうか?―タンパク質病原体説をめぐるミステリー (ブルーバックス)
- 作者: 福岡伸一
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2005/11/20
- メディア: 新書
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いわゆる狂牛病を引き起こすとされるプリオンは,ウイルスではなく,タンパク質自体が病原体であるという考え方をとっています。遺伝子をもたない病原体であるプリオンは,それを支持する研究結果が多く発表されるに及んで,生物学のセントラルドグマに反しているにもかかわらず,多くの支持者を獲得しています。これに対して本書は,プリオン説がどこまで本当で,どこがおかしいのかを説得的に論証しています。理系の本ですが,文系の頭でもなんとか読めるレベルで書かれており,読みやすさには好感が持てます。
同書を読むと,プルシナーの主張したプリオン説はやや強引な成立の仕方をしたこと,最近の研究ではウイルスの可能性も再度指摘されており,そうである場合には感染部位だけを除去することでは安全とはいえないこと,C型肝炎ウイルスのように,ウイルスがあることはわかっていてもそれを顕微鏡が実体として捉えていないものもありうること,などが書かれており,それぞれに興味を惹きます。他方で,(研究者という職業柄)次のような件が目を引きました。
プルシナーが研究室を立ち上げて,国立衛生研究所に研究費を申請してみたところ,冷淡な反応が返ってきます(同書・74頁)。
現在でもそうだが,公的な研究費配分機関は,業績主義である。だから富めるものだけがますます富む。新しいアイデアだけの研究申請はだいたいが却下される(日本の文部科学省は少し前から「萌芽的」研究計画にもわずかない研究費を配分するようになった)。ニューカマーはなんとしてでも歯車を回しはじめなければならない。
研究費をどのように配分すればよいのか,そのルールをどのように設定すべきかという問題は,なかなかに難しい要素を孕んでいます。日本ではまだ着手されたばかりの学問法・学術法には大きな課題が託されているように思われます。
さまざまな困難をくぐり抜けて,プルシナーがノーベル賞を獲得した原因について,同書は次のように書いています(同書・71頁)。
事実,プルシナーが挙げた”6つの証拠”はいずれもプルシナー自身の研究成果ではなく,数十年にわたるスクレイピー病研究の先人たちの論文データの引用である。...(中略)...プルシナーの総説はこれらを言葉巧みにつなぎ合わせたものである。
あえて,プルシナー自身の成果は,といえば,脳に,病気の脳に特有に存在するタンパク質を発見し,精製法を改良して分子量5万程度と推察した点くらいである。しかし,この論文で,もっともインパクトがあり,もっともすばらしい「発見」は,プリオンという言葉を造り出した,ということだった。
理系だとあまり重要でないようなイメージがあったのですが,ネーミングの問題は分野を問わず重要なオリジナリティの要素のようです。オリジナルデータを引き出してくる作業も大変ですが,それをベースに一定のストーリーをつくり,さらにそれにフィットする名前をつけることは,思いの外技術のいる知的作業だと思いますし,それが成功することもまたレアケースなのではないかという気がします。