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Konstanz als Heimatstadt

田村 理・投票方法と個人主義

投票方法と個人主義―フランス革命にみる「投票の秘密」の本質

投票方法と個人主義―フランス革命にみる「投票の秘密」の本質

投票の秘密をめぐる興味深い研究です。


選挙権の性格をめぐっては,それが公務なのか権利なのかという争いがあります。そして,投票の秘密についてはこれと連動し,「権利説=秘密投票」「公務説=公開投票」という図式がこれまで広く信じられてきました。これに対し本書は,フランス革命前後における史料を分析し,実は公務としての選挙の性格ゆえに秘密投票が要請されたことを明らかにします。
著者は,フランス革命期において,投票権が個別的な利害のために与えられているという意識は希薄であり,筆記による秘密投票制は,投票が高度に公的な性格を持つがゆえに認められたものであるとします。そして,投票の秘密は集団のしがらみで自由に判断できない「弱い個人」にも自由な投票を公権力によって確保する原理だったと結論づけます。加えて,筆記による秘密投票の成立のためには,識字率の向上が欠かせないことも明らかにしています。投票の秘密の確立を分析するにあたっては1795年憲法が重要な役割を果たしたことが,本書からよく分かります。
本書を読んでさらに知りたいと思ったのは,全会一致から多数決への変遷の際に背景にあった要素についてです。同書によれば,中世教会法では当初,全員一致が必要とされたのに対し,全員一致がどうしても得られないときは,単に過半数というだけでなく「サニオリテ(saniorité)」が必要とされました。このサニオリテとは,権威・情熱・善行であり,こうした原則を採用する以上投票は公開でなされなければならないと考えられていました。やがて,このサニオリテの原則と多数決の原則が結合し,2/3以上の圧倒的多数の場合には多数派のサニオリテを否定する証明は認められないといった発想が登場し,最終的には純粋・単純多数決制へと移行したとあります(同書・56-58頁)。共同体の意思形成の際に全員が賛成することが望ましいと考えるのは単純な方向性です。同書も指摘するように,「見解の不一致の容認」こそが多数決原理の本質的な要素(同書・61頁)であることからすると,どのような発想が背景にあってこうした転換がなされたのか,気になりました。