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Konstanz als Heimatstadt

田中克彦・エスペラント

エスペラント―異端の言語 (岩波新書)

エスペラント―異端の言語 (岩波新書)

言語・人間・国家の相互関係をエスペラントをキーに描き出す作品です。


本書はエスペラント語の文法や語彙を解説することを主目的にした本ではありません。もちろん本書の第2章では約40頁を使って基本的な文法などを説明しています。しかし本書が問うているのはむしろ,エスペラントという人工的な言葉が生まれる背景やその意義・位置づけを通して,人間と言語あるいは国家と言語の関わりを考えるところにあります。
グローバル経済化が喧伝される今日,英語の「世界共通語」としての地位はますます高まっています。言語が文化の壁を一方ではつくり,他方では超えることが期待されていた約1世紀前においては,ヨーロッパ言語の難しさからこれを簡略化する試みがなされるとともに,それとは全く別の人工言語をつくる動きが起こりました。その最も成功した例がエスペラントです。エスペラントは言語差別をなくし,また世界各国の人々が共通の言語能力の土俵で利用できる言葉として生まれました。他国の人との意思疎通の際,現実問題として英語こそが唯一の共通コミュニケーション手段です。ただこの場合,相手がネイティブスピーカーであるときと,そうではないときとで,こちらの話しやすさは全く違います。もちろん相手がネイティブスピーカーであれば,よほどのことがない限り発音の聞きやすさの点では有利なのですが,こちらが話すときに「正しい」あるいは「誤りのない」英語を過剰に意識しがちです。これがお互いにネイティブでない関係になると,お互いに適当に間違うので,かえって気楽に話せます。もしエスペラントがこうした場面で使えれば,誰が相手であろうと同じ条件でコミュニケーションが可能になるということだろうと思います。
本書は,エスペラントの魅力やヨーロッパ・アジアにおける普及の動きとともに,エスペラントの対抗論者にも注目しています。そこでは言語を所与・運命のものととらえる立場と言語を人間がつくり出した制度の一つと捉える立場との相剋を鮮やかに捉えることができます。エスペラントが単なる一言語という性格を超えて,こうした論争の鍵を握る位置に立つのは,エスペラントが人工的に構成された言語であり,かつその選択が個々人の意志に帰属するからなのでしょう。