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Konstanz als Heimatstadt

中嶋聡・「心の傷」は言ったもん勝ち

「心の傷」は言ったもん勝ち (新潮新書 270)

「心の傷」は言ったもん勝ち (新潮新書 270)

被害者帝国主義の時代に警鐘を鳴らしています。


本書が取り扱っている内容は軽症ヒステリー・セクハラ・医療訴訟・ナースキャップなど極めて広範です。本書のメッセージは,最近の日本社会に見られる「被害者帝国主義」すなわち,心の傷を受けたと言いさえすれば全てが解決してしまう現状に対する強い警鐘を鳴らすことにあります。その意味で本書のタイトルは極めて秀逸だと思います。
一方では心の健康が大きな問題となり,「うつ病」「心療内科」といった名前は,10年前と比較してもかなり一般化してきています。他方ではセクハラに代表されるように,被害者が全てを決めるという構図が見られます。本書はこれらをまとめたうえで,「心の傷」があると主張すれば反証が難しい今のあり方に疑問を呈しています。そして,本書の最後では精神力を鍛える7つのポイントとして,「何事も人のせいにしない」「おおざっぱでよいとする」「『忘れる』能力を身につける」「辛いときでも相手の立場に立つ」「不可能と決めつけない」「自分を超える価値のために生きる」「時にあって,全力を尽くす」を挙げています(本書・171頁以下)。いずれも重要な指摘だと思いますが,心の傷の問題との関係では「『忘れる』能力を身につける」ことがとても大事なのではないかと思いました。
まだ昔話をするほどの年ではないのですが,僕が小さかった頃は,がんばること・がんばらせることが当たり前であり,「がんばれと言ってはいけない」という価値観はあまりなかったような気がします。その意味では本書のメッセージはやや復古調なのかもしれません。もちろん過去のあり方が良かったと全面的に評価することはできないと思いますが,「心の傷」に病名をつけることが本当にその問題の解決になっているのかどうか,やや不安に思うことがしばしばあります。本書は精神科医の手による作品で,精神科医の立場や行動原理についての説明もあり,この点に関しても興味を惹く記述が多く見られました。