親切と不親切の間
かなり慣れてはきましたが...。
日本とドイツを比較してよく言われることとして「日本人は親切で丁寧だ」というものがあります。例えば,車内検札の際には
いつもJR九州をご利用頂きありがとうございます。お疲れのところ大変申し訳ありませんが,早速ながら切符を拝見頂きます。ご協力どうぞよろしくお願い致します。
Fahrkarte, bitte! (切符を見せて下さい!)
と,言う言葉が全く違いますし,ドイツでは車掌が車内に入ってくるときに一礼することなど見たことはありません。スーパーのレジでもドイツでは「売ってあげている」という対応が一般的です。
ドイツ人が無愛想である理由
こうした対応の差の一定部分は,日本社会における「接客・対応のマニュアル化」で説明できます。ここ数年の接客は必要以上に丁寧になっていると感じますが,それはおそらくマニュアル化と接客教育によるものでしょう。問題点もありますが,マニュアル化は,誰が対応しても一定水準のパフォーマンスが期待できるという利点もあります。
これに対して,ドイツ人が無愛想に見える理由としてはいくつか考えられます。
- 無愛想な文化:とくにドイツ北部では人々は無愛想であることがよく知られています。友人・知人といった親密圏の外側に対しては極めて警戒的な対応をとります。ヨーロッパでも北部は一般にそのような傾向のようです。
- 労働者中心の社会:「お客様は神様」だとされる日本と違い,ドイツは明らかに労働者中心の社会です。ドイツで消費者保護の立法が見られるのはその裏返しだと思います。消費者を大切にすることで利益があると思われていない社会なので,消費者に対する対応はあまりよくないとも言えます。
- 縦割り社会:ドイツ人は自分の職務・権限に含まれているかどうかを強く気にします(逆に日本はルーズすぎるとも言えます)。そのため,何か問題が起こるとすぐに自分の仕事ではない,他の人の問題だと言う傾向にあります。日本と違うのは,他の人に回すときでもつなぎの連絡をしないことです。そのため次のところに回されるとまたゼロから説明しなければならなくなります。
親密と非親密の境
ただ,上記のようなことが言えるのは,自分が消費者として対峙する場合に限られます。親密な関係になると,ドイツ人はとたんに親切になるとも言えます。それを強く感じるのは朝市で買い物する場合です。
ドイツの朝市では各店舗がおおむね一定の顧客を持っており,顔なじみが定期的に買いに来る関係にあります。継続的に展開する関係の下では極めてフレンドリーですし,単に買い物の相手ではない感情を買いに来た人に対して持っていることも分かります。無愛想で有名な北ドイツでも,一旦親密になるとその関係は長く続くとも言われます。
他方,日本の今の社会でこうした関係は少なくなっているような気がします(もちろんなくなっているわけではありません)。非親密における丁寧さは慇懃無礼にも感じられることもあります。
非親密における「親切・丁寧」の理由
こうして考えてみると,日本とドイツの「親切・丁寧」さの違いは,非親密な関係で強く表れることになります。
ドイツ人の中には,この関係においても極めて親切で丁寧な人もいます(当然,日本人の中にも極めて不親切な人はいます)。この一般的傾向から外れるとも言える行動にはどのような理由があるのでしょうか。
複数のドイツ人に意見を聴いたところ,ドイツ人が非親密の関係で親切にする理由として最も多いのは,「自分が役に立っていると感じることに伴う充実感」なのだそうです。これに対して,日本人が非親密の関係で親切にする理由は(もちろんいろいろありますが)「情けは人の為ならず(正しい意味における)」なのではないかと思います。日本社会は狭域で人間関係が展開する場面が多く,たとえ今の状態で非親密だったとしても,いつ親密な関係に転化するか分かりません。そこで,出会った人には親切にしておくことが,おそらくもっとも合理的な人付き合いの仕方と言えます。これに対してドイツ社会ではそのような考慮よりはむしろ,自分の社会に対する価値を高める方向で親切な行動が捉えられているようです。
ドイツ滞在も20ヶ月になり,接客や苦情対応に対する不満はもはやあきらめという名の「悟り」へと変わってきました。でも日本社会に戻るとまた,こうした「広い心」を失ってしまいそうな気がします...。