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Konstanz als Heimatstadt

中尾政之・失敗百選

失敗百選 41の原因から未来の失敗を予測する

失敗百選 41の原因から未来の失敗を予測する

判例百選ではありません。


人間は失敗する生き物ではありますが(To err is human, to forgive divine.),失敗を生かして次に失敗しないようにする努力は必要です(反省だけなら猿でもできる)。本書はその失敗を防ぐ方法を研究する意欲作です。

まず目を引いたのがそのタイトルです。法学部にとって「判例百選」はおなじみの教材ですが,この「失敗百選」はその判例百選に範を取ったのだそうです。

この1冊に含まれる100個の実際の判例を学ぶと,体系化・構造化された知識がひと通り学べるのである。つまり数学的に説明すると,最少でたがいに独立した100個の単位ベクトルで,すべてのベクトルが線形結合で示せるのである。
判例百選では,まず実際の判決を説明してから,そこに含まれる一般的な上位概念を抽出して,対応する法律文の概念と照らし合わせ,さらに類似判例によって微妙な解釈の違いを説明する。六法全書を読むだけでは,抽象的な文言から具体的な解釈が思い浮かばない。判例百選を用いた勉強方法があまりに見事なので,本書も「百選」という言葉を拝借したのである。(同書・17頁)

単位ベクトル…なつかしいです。本書はさまざまな失敗の具体例を次々に分析し,その共通要素を41にまとめています(残念ながら100ではありません)。この具体例と抽象的命題との往復思考は,法学部での思考方法と同じなため,工学系の本にもかかわらずかなり読みやすいです(むろん,著者が一般読者を想定してやさしめに記述しているからという理由もあります)。

本書を読むといろいろな事故が起こっており,それらの原因は共通するものが多いことに改めて気づかされます。思い当たる事件もいくつかあり,当時はいまいちわからなかった原因がクリアに書かれていてはっとさせられることも多いです。自分の失敗を減らそうという目的だけではなく,さまざまな事故から身を守るにはどうすればよいかということに関する教訓も引き出せます。

最も興味深かったのは,大失敗の共通の特色です。同書・45頁によれば,それは

  • 安全パイでこけた
  • 今度も大丈夫
  • 逃げる暇がない

の3つの要素なのだそうです。具体例として,かの有名なタイタニック号の沈没が挙げられています。タイタニック号は通常警戒すべきとは考えられていなかった部品であるリベットが氷山にかすっただけではずれた連鎖反応で沈没しました。タイタニック号のスミス船長はこの事故の前に別の船でUボートの魚雷を買わして逆に体当たりで反撃して相手方を沈没させていました。そのため今回も大丈夫だという根拠のない自信がありました。さらに,タイタニック号は救命ボートが不足しており,下等船室はハッチが閉められて逃げ道がなかったため大惨事につながりました(同書・61頁以下にさらに詳しい説明があります)。
結局のところ,大失敗を防ぐためには「根拠のない自信は持たず,逃げ場を確保しておく」ということになるのでしょうか。