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Konstanz als Heimatstadt

酒井邦嘉・科学者という仕事

科学と科学者のあり方についてさまざまな角度からアプローチした作品です。


最近は新書のサイズで新書とは思えないボリューム感のある作品が増えています。本書もその一つだと思います。本書は,研究者の魅力・科学の方法・研究者のモラル・研究成果の発表・研究と教育の関係・研究者と社会貢献といった,さまざまな角度から「研究者」のあり方を提言しています。念頭に置かれているのは理科系の「科学者」ですが,その内容のほとんどは文系の研究者にもあてはまります。
本書は各章の冒頭で,著名な科学者のエピソードを短くまとめて紹介しており,科学史の読み物としても楽しめます。紹介されているのは,アインシュタインニュートンチョムスキー朝永振一郎寺田寅彦ダーウィン・カハール・マリーキュリー(キュリー夫人)の8人です。それぞれの冒頭に,含蓄のある名言が引用され,引用原文は(日本語を除き)巻末にまとめられています。
科学に王道はありませんが,本書は科学の方法論についていくつものメッセージを発しています。その中でも最も心に残った部分を以下に引用します(本書・59-60頁)。

このように,少しだけ鈍く抜けていることが成功につながる理由をいくつか考えてみよう。
第一に,「先が余り見えない方が良い」ということである。頭が良くて先の予想がつきすぎると,結果のつまらなさや苦労の山の方にばかり意識が向いてしまって,なかなか第一歩を踏み出しにくくなるからである。
第二に,「頑固一徹」ということである。「器用貧乏」や「多芸は無芸」とも言われるように,多方面で才能豊かな人より,研究にしか能のない人の方が,頑固に一つの道に徹して大成しやすいということだ。誰でも使える時間は限られている。才能が命じるままに小説を書いたりスポーツに熱中したり,といろいろなことに手を出してしまうと,一芸に秀でる間もなく時間が経ってしまう。私の恩師の宮下保司先生(脳科学)は,「頑固に実験室にこもる流儀」を貫いており,私も常にこの流儀を意識している。
第三に,「まわりに流されない」ということである。となりの芝生はいつも青く見えるもので,となりの研究室は楽しそうに見え,いつも他人の仕事の方がうまくいっているように見えがちである。それから,科学の世界にも流行廃りがある。「自分は自分,人は人」とわり切って他人の仕事は気に掛けず,流行を追うことにも鈍感になった方が,じっくりと自分の仕事に打ち込んで,自分のアイデアを心ゆくまで育てていけるようになる。
第四に,「牛歩や道草をいとわない」ということである。研究の中では,地道で泥臭い単純作業はつきものだ。研究が順調に進まないと,せっかく始めた研究を中途で投げ出してしまいがちである。成果を得ることを第一として,スピードと効率だけを追い求めていては,傍らにあって,大発見の目になるような糸口を見落としてしまうかもしれないのだ。