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Konstanz als Heimatstadt

鶴光太郎・日本の経済システム改革

日本の経済システム改革―「失われた15年」を超えて

日本の経済システム改革―「失われた15年」を超えて

日本経済のこれまでとこれからを多角的に分析しています。


日本経済はなぜバブル崩壊を受けて大きく低迷したのか,その原因をさまざまな角度から分析しているのが本書の特色です。取り上げられているのは「金融システム」「コーポレート・ガバナンス」「雇用システム」「企業組織」そして「政府のガバナンス」の5つの要素です。これらの諸要素はそれだけでもそれぞれ新書1冊分以上のボリューム感があり,全体を読み通すのにはそれなりの時間がかかります。
とはいえ,本書はこれらの分野横断作業に際し,1つの道筋を最初に提示しています。それが「関係依存型システム」と「アームズ・レングス型システム」の対比です(本書・52頁)。本書は「制度」に注目する最近の経済学の理解をベースに,制度をゲームの(ナッシュ)均衡と捉えます。その制度の一形態である「関係依存型システム」は,安定的・小規模な環境において繰り返しゲームがなされる長期的取引関係によって発生すると考えます。これまでの日本経済の特色と考えられてきた諸要素をモデル化したのがこの関係依存型と言えます。これに対し,「アームズ・レングス型システム」とは,長期的で濃密な関係を結ぶことなしに取引が行われる場合に発達する行動様式で,司法制度の確立・透明性の確保などが重要な要素となります。本書ではこれを「市場型システム」とも言い換えています。両者の対立関係は我々にとってそれほど珍しいものとは映りません。むしろ「日本型」「アメリカ型」として言い古されてきたようにも見えます。しかし本書は,この両者が排他的なものではなく,むしろ組み合わされている側面に注目するため,旧来の「日本型」「アメリカ型」という表現は使わなかったようです(本書・53頁)。
「金融システム」の分析では,不良債権処理がなぜ長引いたのかが検討の中心となっています。1970年代からの金融自由化によってそれまで銀行にとっての優良顧客であった大企業が資本市場から資金を調達するようになったため,銀行側はよりリスクの高い顧客に依存せざるを得なくなったこと,その傾向がノンバンクの参入によりさらに厳しくなったこと,そして土地担保依存への傾斜が進んだことが背景にあります(本書・78頁)。不良債権の整理は関係依存型の中ではなかなか進まず,先送りの戦略が状況を更に悪くしてしまいました。2002年秋からの金融再生プログラムがこの問題に一定の解決策を与えたことを本書は評価しています。
「コーポレート・ガバナンス」の分析では,最近の会社法の改正を経済学の視点から分かりやすく説明するとともに,現在議論されている敵対的買収防止策については消極的な姿勢を表明しています。またガバナンスメカニズムに対する過度の信頼を諫めていることも特色と言えます。バブル期の企業の行動は横並び行動の典型で,これは経済システムがアメリカ型であろうと日本型であろうと関係がないとします(本書・138頁)。
「雇用システム」の分析では,成果給の問題が詳しく扱われています。日本の雇用システムの特色とされた終身雇用・年功賃金は,必ずしも全ての雇用モデルとは言えなかったこと,また成果給導入には問題となる要素が多く,もし導入するとすれば能力開発の機会を保障することが重要となることが述べられています。
「企業組織」の分析では,比較情報効率性論などを用いて,組織内部の情報流通・意思決定の効率化する組織構造のあり方を検討しています。理論レベルでは最近流行の「フラット化」がIT化によってもたらされるとは言えないものの,実証分析によれば権限の下方委譲傾向が認められ,また情報仲介者(中間管理職)の中抜き現象も進んでいるようです。
「政府のガバナンス」の分析では,政治改革・行政改革の諸論点が扱われています。裁量行政を関係依存型と捉え,これをアームズ・レングス型へと転換していくためには政策決定過程の透明性確保(例:経済財政諮問会議)が重要であると述べています。
本書は最後に,制度改革を実現するための4つの原則を提示しています(本書・323頁以下)。それらは

  • 成長へのボトルネックを特定し,それを除去する姿勢
  • 市場経済を機能させるための基盤の強化
  • 改革の理念を明示し,そのための手段の多様性を許容
  • 試行錯誤,実験の要素の重視

の4点です。行政法の観点から見ても興味深い指摘だと思われました。