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福岡伸一・生物と無生物のあいだ

生物と無生物のあいだ (講談社現代新書)

生物と無生物のあいだ (講談社現代新書)

生物とは何かを考えさせる作品です。


著者は分子生物学者で,『プリオン説はほんとうか?』でも専門性の高い話を分かりやすく説明していました。今作もその点は同じ印象を持ちます。
本書は大きく次の2つの内容を持っています。1つは(タイトルとは直接関係しないのかもしれませんが)理系における研究者が置かれた状況を,とくにアメリカにおける著者の体験を踏まえて詳細に紹介していることです。冒頭では野口英世の業績をどう評価するかという話が出てきますし,その後もアメリカにおけるポスドクの状況や,一人前の研究者に必要な研究資金獲得の苦労,あるいは科学雑誌におけるピアレビューにまつわる問題が取り上げられます。中でも興味を惹いたのは,高校の生物でも学ぶDNAの二重らせん構造を発見したワトソン・クリックをめぐる研究スキャンダルの話です(本書・105頁以下)。この業界の方には有名な話なのかもしれませんが,本書を読むまでこうした背景があったことは全く知りませんでした。結果だけ学ぶ高校生物では知り得なかった根深い問題がここにはあるようです。
もう1つは(タイトル通り)生物と無生物を分ける要素は何かという問題です。20世紀の生物学は「自己複製を行うシステム」をもつものを生物と呼ぶと考え,ウイルスも生物であるとしてきました。これに対し著者は,エントロピー増大の法則にもかかわらずそのエントロピーを外部に排出することで内的な平衡を保ちうるシステムに,生命としての特質を見出します(動的平衡:本書・167頁以下)。本書の最終章(本書・255頁以下)では,特定の遺伝子やプリオンタンパク質遺伝子をノックアウトしても,生物は正常に活動するのに対し,不完全なプリオンタンパク質遺伝子を戻すと異常が発生するという話が出ています。このことは,生命を機械として捉えることができないことを示していると本書は指摘します。つまり,生命は一定方向に流れる時間のなかで不可逆的に変化し,欠落があれば欠落をなるべく埋めるように作用するところに大きな特色があります。そのために「生命現象にはあらかじめさまざまな重複と過剰が用意されている」のです(本書・264頁)。生命のしくみの面白さ・不思議さに改めて触れさせてくれる本でした。