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Konstanz als Heimatstadt

筒井清忠・昭和十年代の陸軍と政治

軍部大臣現役武官制の意味を再考しています。


2・26事件以後に成立した広田弘毅内閣で復活した「軍部大臣現役武官制」は,その後の陸軍による日本政治の支配へと途を開き,最終的に敗戦に至った,とする説明は,現在でも日本史の教科書に広く見られます。これに対して本書は,実は「軍部大臣現役武官制」それ自体の意味はそれほど大きくなかったことを緻密かつ説得的に説明しています。
本書は全部で7章からなり,広田内閣の成立から米内内閣の倒壊までを描きます。この中には「軍部大臣現役武官制」により流産したとされる宇垣内閣や,内閣倒壊の原因として軍部大臣現役武官制があったことが協調された米内内閣の倒壊も取り上げられています。しかし本書では,いずれのケースでも決定的だったのは陸軍の「反対」ないし「支持」そのものであって,制度としての軍部大臣現役武官制ではなかったとしています。
例えば広田内閣は発足時に陸軍の影響を大きく受けることになりますが,実はその際にはまだ軍部大臣現役武官制は復活していませんでした。にもかかわらず陸軍は組閣に対して強く干渉しています。広田内閣による軍部大臣現役武官制の復活はその交換条件として,首相による陸軍大臣任命を可能にするという人事一元化構想があったそうです(本書・42頁)。つまり三長官推薦制をやめて首相自らが陸軍大臣を直接任命することを制度的に可能にする意図が広田首相にはあったというのです。実際に第一次近衛内閣では首相指名が実現し(本書・149頁以下),また阿部内閣では天皇が事実上指名することもなされています(本書・181頁以下)。また宇垣内閣の流産も,原因は陸軍の「支持」それ自体が得られなかったためであり,軍部大臣現役武官制をかいくぐる策はいくらでもあったとします(本書・59頁以下)。
このように本書は,「軍部大臣現役武官制」が復活したという制度面では,いわゆる「陸軍の暴走」を説明できないことを明らかにしています。それでは戦前において陸軍がなぜこれほど大きな政治的影響力を持っていたのか,という点については将来の課題と位置づけられています(本書・306頁)。当時の宮中やマスコミといった勢力の責任を再吟味する必要性を本書は同じ場所で指摘していますが,別の場所では世界情勢,とりわけナチスドイツによるヨーロッパの席巻という事態にも注目しているように見えます(本書・229頁以下)。
本書は,戦前から戦中にかけての日本の政治システムを検討する上で見落としてはならない要素を多く提示しているように思いました。