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Konstanz als Heimatstadt

久保貴子・徳川和子

徳川和子 (人物叢書)

徳川和子 (人物叢書)

将軍の娘に生まれて皇后となった唯一の人物の一生をたどります。


幕末に天皇家から将軍家に降嫁した皇女和宮と比較して,将軍家から天皇家に嫁いだ和子(まさこ)の知名度はあまり高くありません。しかし本書を読むと,当時の天皇家と将軍家との緊張関係や,その中における和子の役割が分かります。
幕府が成立する前の豊臣政権では関白としての政治を行っている以上,朝廷秩序とのつながりが密接でした。これに対して武家政治を幕府の形で行おうとした徳川家康は,朝廷との距離の取り方や朝廷へのコントロールに腐心します。本書の前半部分では歴史上も知られているいくつかの事件(例えば八条宮事件など)を挙げながら,朝廷と幕府との緊張関係が描かれます。
和子が幕府から朝廷へと入ったことは,一方では将軍家による朝廷の統制のためでしたが,他方でこうした朝幕の緊張関係を緩和するためでもあったことが本書の後半部分では明らかにされます。この中では,朝廷側の幕府に対する反発や抵抗が細かく描かれ,江戸時代初期における朝幕関係の不安定さが印象づけられます。他方で和子はそのいくつかについて調整的役割を果たしていることも分かります。史料の限界やそもそも小説ではないので,和子がそれぞれの場面で具体的にどう考えていたかまでははっきりと書かれていませんが,それゆえに逆に和子の歴史上果たした役割がある程度客観的に伝わる作品になっています。