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Konstanz als Heimatstadt

興津征雄・違法是正と判決効

違法是正と判決効―行政訴訟の機能と構造 (行政法研究双書)

違法是正と判決効―行政訴訟の機能と構造 (行政法研究双書)

重厚な基礎理論研究から行政訴訟の構造を明らかにする意欲作です。


行政過程と司法過程の関係をどのようなものとして捉えるかは,行政法学の重要な理論的要素の一つです。本書は行政処分の「繰り返し」と「やり直し」という切り口から取消判決の形成力・拘束力・既判力が持つ役割を比較法研究及び制定過程の研究から解き明かしながら,この問題にアプローチする知的刺激に富む作品です。
本書のもとになっているのは,著者がすでに公表している2本の論文,「行政処分反復禁止効の法的構成」と「フランス行政訴訟における裁判所と行政庁の役割分担の変化について」です。しかし,著者がはしがきで明らかにしているように,内容面・構成面ともにかなりの見直しがなされているため,むしろ(公表作品を素材にした)書き下ろしに近い作品と見るべきかも知れません。2004年の行政事件訴訟法を受けた完全な書き下ろしの記述も少なくなく,また著者がこれまで断片的に示してきた行政訴訟観が本書ではまとまった形でかつクリアに説明されています。
本書の第1章では,反復禁止効の構成の問題が扱われています。反復禁止効とは,ある行政処分に対する取消判決が出た場合に,それと同一理由で同一処分を繰り返すことを禁止する効力のことで,従来は取消判決の拘束力の問題として説明されてきました。しかし近時,これを既判力の問題で説明するとともに,同一理由のみならず別の理由による処分の繰り返しも封じることができるとする議論が登場しています。この問題を突き詰めていくと,そもそも取消訴訟の訴訟物は何なのかという議論にたどり着きます。本書はドイツ法の理論研究に依拠しながら,訴訟物の広がりを行政行為によってなされた規律とその対象たる事実関係に求める二分肢的訴訟物概念を採用します。そして,取消訴訟の本質を,行政処分の違法の確定(確認作用)とその効力を除去して原状を回復する作用(形成作用)の2つに分節します。この見方が本書を通底し,さまざまな問題へのアプローチに用いられます。ここでは同時に,取消訴訟の訴訟物を取消請求権と構成することの難点がたびたび指摘され,処分が違法であるとの判断に既判力を生じさせることの重要性が,司法権の法的統制機能の強調との関係で前面に押し出されています(本書・72頁)。
続く第2章では,フランス行政訴訟を素材に,裁判と行政の役割分担が第1章よりはマクロ的な視点から議論されます。フランス行政法の基本的な考え方である「活動行政と行政裁判の分離原則」(本書・111頁)や越権訴訟の法的性質(113頁)から,フランスにおける行為命令や理由の差替えの問題が取り扱われています。裁判と行政の役割分担を象徴するひとつの考え方が「理由の節約」の法理(149頁以下)で,これが独自の取消事由としての手続瑕疵を下支えするフランス行政法の特色として紹介されています。
さらに,第3章では,行政事件訴訟法33条の立法史を踏まえ,取消判決の拘束力がどのような理論的意味を持っているのかが明らかにされます。著者が注目しているのは拘束力が行政過程と司法過程との連携・協働関係を構築しているという点です(行政処分の"やり直し"への作用)。立法史をたどると,訴願前置主義を前提とする「事件の差戻」構想が杉本良吉によって唱えられていました(本書・234頁)。しかし訴願前置主義が取られなくなったことや,行政手続の整備が進んでいなかったことから,この構想は実現しませんでした。こうした行政過程と司法過程との連携は,2004年の行政事件訴訟法改正で改めて脚光を浴びるに至っています。著者は行政訴訟検討会の議事録を丁寧に追いながら,日本型の義務付け訴訟(申請型・非申請型の区別,申請型における取消訴訟との併合提起)がどのように構想されたのかを追っています。そして,義務付け訴訟を給付訴訟であると考える有力説に対し,申請型義務付け訴訟においても違法判断+救済という取消訴訟と共通の二重構造が見出されると主張し,むしろ形成訴訟と理解します(本書・281頁)。また非申請型義務付け訴訟については,行政過程との連携関係が希薄であるとの問題意識を前提に,損害の重大性の要件の意味を明らかにし,すでに事実上案件処理の手続が発動されたに等しい場合には,この要件をそれほど厳格に解すべきではないと主張しています(本書・290頁)。加えて,非申請型に関しても場合によっては釈明処分の特則(行訴23条の2)を類推適用すべきとも提案しています(本書・295頁)。この部分の論理展開はとても明晰で説得的であり,この部分だけでも学問的価値は非常に高いように思われます。
以上の分析を踏まえ,終章では,抗告訴訟の二重構造(違法判断+是正措置)を前提に,処分性拡大論や当事者訴訟活用論をどのように評価するかが取り扱われます。著者は,取消訴訟の本質を形成力にみるのではなく二重構造にみるとすれば,抗告訴訟の対象を規律力・法効果を持つ行為に限定する必要はないと述べます(本書・340頁)。そして,抗告訴訟の対象としては,行政の決定判断のうち「事後の行政過程がそれを前提として進行するという意味での最終性・確定性」があるものと規定します(341頁)。
本書は,ドイツ法・フランス法の最新の研究業績を踏まえ,また日本の学説を緻密に分析しながら,2004年の改正行政事件訴訟法で加わった様々な要素に対して,できるだけ統一的な理論的説明を与えようとしています。その際のキー概念が抗告訴訟の二重構造であり,この構造は行政処分の繰り返しとやり直しという切り口から導かれています。本書はさらに,行政過程と司法過程の役割分担の問題にも積極的にアプローチしており,本書がもたらす理論的なインパクトは非常に大きなものがあるように思います。このように難度の高い問題を扱っているにもかかわらず,記述は極めて平明で読みやすく,少し勉強が進んだ学部生でも挑戦し,読みこなすことができると思います。