ernst@hatenablog

Konstanz als Heimatstadt

友野典男・行動経済学

行動経済学 経済は「感情」で動いている (光文社新書)

行動経済学 経済は「感情」で動いている (光文社新書)

「勘定から感情へ」─新しい経済学の胎動が感じられる作品です。


経済学が前提とするのは,合理的に行動する「経済人」です。しかし実際の人間の意思決定はさまざまな要素に左右されており,必ずしも合理的な意思形成をしません。これを正面から受け止める新しい経済学が「行動経済学」であり,経済学と心理学との協力関係のもとで近時急速に発達しているようです。本書はこの行動経済学の基本的な考え方を簡明に説明しています。
特に興味深いのは,プロスペクト理論に関する説明です(本書・112頁以下)。プロスペクト理論とは,人は変化に反応するという考え方であり,重要な指標は「絶対値」ではなく「相対的変化」であるとするものです。その中心的発想は「価値関数」と「確率加重関数」です。「価値関数」の特色は,価値は参照点からの変化と比較で測定される(参照点依存性),利得・損失に関する変化は値が小さいうちは敏感に反応するものの値が大きくなると小さな変化への感応度は減少する(感応度逓減性),損失は同額の利得よりも強く評価される(損失回避性)の3つであり,いずれも思い当たる節のある内容です。「確率加重関数」とは,線型的な期待効用理論とは異なり,非線型的な重みがつけられたものであり,確率が低いときには利得に対するリスク追求と損失に対するリスク回避志向が,確率が高くなると利得に関するリスク回避と損失に関するリスク追求をする傾向があるとのことです。
この応用形態として人があるものを手放す代償として受け取ることを望む最小値(受取意思額:WTA)と,それを手に入れるために支払って善いと考える最大値(支払意思額:WTP)との乖離の問題があります。新古典派の効用理論でも両者は完全には一致しませんが,そのずれはあまり大きくないと考えられてきました。しかし行動経済学が明らかにするところでは,WTAWTPの2から17倍にもなるのだそうです(本書・151頁)。この差異はいわゆる費用便益分析に対して重大な疑問を投げかけます。さらに,WTAWTPが一致することを前提にしているコースの定理も成り立たないことになります。
このプロスペクト理論のほか,何を問題・初期値として設定するかによって意思決定結果がかわるとするフレーミング効果や互酬性をめぐる理論も,公共政策の決定における「公正性」とは何かを考える際に極めて重要な理論的示唆を与えます(本書・173頁)。行動経済学の今後の動向に注目したいと思います。