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Konstanz als Heimatstadt

堂目卓生・アダム・スミス

道徳感情論』と『国富論』をこれまでにない視点で解説しています。


アダム・スミスといえば「見えざる手」という連想が働くほどに,市場原理を重視した思想家として広く浸透しています。しかし本書はアダム・スミスの2つの著作である『道徳感情論』と『国富論』をこれまでにない視点から読み解いています。
まず『道徳感情論』の分析においては,感情や行動あるいはその観察といった人間の情緒的な能力のしくみをスミスがどう考えていたかが説明されます。こうした要素からは,行動経済学との親和性を感じ取ることができます。次に『国富論』の分析では,これまでの経済・財政史を踏まえた上で,スミスが解こうとした問題は植民地問題であったことが示されています。通常の世界史では独立したアメリカの側から説明がなされるため,植民地に対して勝手に課税してきたイギリスの不合理が強調されます。しかしイギリスはアメリカ植民地の防衛のために多大の財政支出をし,また過去の世界史をたどっても植民地から税を取ることはさほど珍しいことではなかったことが示されています。イギリスの側から植民地問題を捉え,かつこれに対してアメリカ独立こそが処方箋だと解いたスミスの考え方には非常に感銘を受けます。
新書とは思えない分量と質を持つ本書は,大阪大学大学院における輪読の授業から生まれたそうです。古き良き大学院の伝統が残っていること,またその成果としての本書は,アカデミズムの今後の在り方にも大きな示唆を与えているように感じました。