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Konstanz als Heimatstadt

井手英策・高橋財政の研究

高橋財政の研究―昭和恐慌からの脱出と財政再建への苦闘

高橋財政の研究―昭和恐慌からの脱出と財政再建への苦闘

高橋財政のもつ経済学的な意味とその現代への含意を検討しています。


首相にもなり,また何度も大蔵大臣を務めた高橋是清は,戦前を代表する政治家として広く知られています。とくに井上準之助蔵相による緊縮財政の後,1931年に大蔵大臣に就任してからの高橋是清の政策は「高橋財政」として,数年前まで深刻だったわが国の不景気を脱却するモデルとしてもてはやされていました。本書はこの高橋財政がもつ主として経済史的意味を検討するとともに,同じく過剰な国債発行に悩む現代へのインプリケーションを検討しています。
本書は,高橋財政の特色である日銀引き受けがなぜなされるようになり,それがどうやって「制度化」したのかの分析からスタートし,続いて昭和恐慌に悩まされた農村部を救済する時局匡救事業における地方財政に対する(とりわけ道府県の)統制の過程を政治的側面も含めて検討しています。これに対し高橋財政の特色とも言うべき「財政健全化」がどのようになされようとしたのかが,一つは租税制度の改革の観点から,もう一つは国債の削減の観点からアプローチされています。最後に高橋財政とニューディール政策との比較を試み,高橋財政に大蔵省優位の予算統制の温存の原型を見出しています。
最後に本書は,高橋財政の検討からいくつかの現代への含意を提示しています(本書・268頁以下)。第1は,真の財政の健全化を果たすためには民主的・多元的な意思決定システムが必要であるということです。これはニューディール政策との比較からの帰結と言えます。第2は,財政健全化を果たすためには景気回復時点で税収を確保できる租税システムを確立する必要があるということです。時期尚早論が高橋財政における財政健全化の足を引っ張ったという過去の事実に注目すべきであるとのべています。第3は,日銀を利用した景気対策の是非の問題です。この点について著者は結論を留保していますが,中央銀行の独立性を高める方向を支持しているようです。
高橋是清という個人から高橋財政を語るものはこれまでもいくつかありましたが,経済学・財政学の観点を前面に出しての分析はこの作品の大きなオリジナリティと言えると思いました。