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Konstanz als Heimatstadt

ベルリンの壁崩壊20年

ドイツのベルリンでは9日,東西冷戦の象徴だった「ベルリンの壁」崩壊から20年を迎えるのを記念し,ブランデンブルク門などで,世界各国の首脳を招いて式典が行われる。
準備に総額500万ユーロ(約6億7000万円)が投じられた記念行事のハイライトとなるのは,壁崩壊をイメージさせる巨大なドミノ倒し。
発泡スチロール製ドミノは高さ2.5メートルで重さは20キロ。子どもたちの手で色とりどりに塗られた1000個のドミノが1.5メートルおきに並んでおり,ポツダム広場からブランデンブルク門に向けて倒される予定。
壁崩壊記念ドミノを最初に突くのは,東欧の民主化で重要な役割を果たしたポーランドワレサ元大統領だという。

現在のチェックポイント・チャーリー
ロイターの昨日付記事からです。ベルリンの壁崩壊20年を記念するイベントはドイツでも大きく報じられています。ベルリンは式典で盛り上がりを見せているようです。
来年にはドイツ統一20年になりますが,旧東ドイツ地区との経済格差はまだ十分には改善されておらず,特に旧東独北部のメクレンブルクフォアポンメルン州は,貧困問題が深刻な州として知られています。他方で旧東独地域の復興に対する付加的な税(Solidaritätszuschlag)が課されてきている旧西独地域では,ベルリンの壁崩壊20年を節目として,旧西独地域の交通インフラにも同等の投資をすべきだという議論が出てきています。
ベルリンの壁崩壊も東ドイツも,全体の半分近くが平成生まれになっている現在の学部生にとってはもはや完全に「歴史の教科書」に書いてある事柄なのかもしれません。ベルリンの壁崩壊のニュースが飛び込んできたのは小学校6年生の時でしたが,その時の衝撃は今でも忘れることが出来ません。それまでは世界の国のなかの1つという程度しか考えていなかったドイツに特別な関心を抱くようになったのはこの事件だったような気がします。もちろんそれから20年後にまさかドイツに住むことになるとは全く考えていませんでしたが...。
(11/10追記)
記念式典でメルケル首相は,11月8日がベルリンの壁崩壊の日であるとともに水晶の夜の日でもあることに触れ,「自由」とは自然に得られるものではなく,常に闘うことにより獲得できるものだと強調していました。