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Konstanz als Heimatstadt

水野和夫・人々はなぜグローバル経済の本質を見誤るのか

人々はなぜグローバル経済の本質を見誤るのか

人々はなぜグローバル経済の本質を見誤るのか

刺激的なタイトルに劣らない刺激的な内容の本です。


1995年を境に,それまでの経済の常識が通用しなくなり,それは世界経済が大きな構造変革を起こしたからだと本書は指摘します。情報技術(IT)革命とグローバリゼーションの進展によって,資本主義と国民国家が離婚し,主権が多段階に存在する「新しい中世」がやってきたとします。それだけならば本書以外でも指摘している論攷は多々ありますが,本書の特色は,この新しい構造変化を最近起きているさまざまな経済状況・社会状況と対応させ,説明を試みていることにあります。これが不気味なくらいに当たっているように感じられ,ますます本書の奥行きが気になってきます。
従来の国民国家・国民経済の枠組においては,インフレ=経済成長であり,インフレ誘導こそが全ての問題を解決してきました。これに対して本書は,もはや資本が国境を越えて流動する現在の先進国にあっては,デフレ基調が強まり,逆にインフレ=経済成長と考えてはならないとします。また本書は,実体経済よりも金融が今後の世界経済を大きく動かしていくとも指摘します。グローバルな視野においては,アメリカが経常赤字を出し続けているにもかかわらず,オイルマネーなどを中心とする資本流入によって自国の経済規模以上に繁栄していること,またドメスティックな話としては,景気回復にもかかわらず賃金が伸びない日本経済において,消費拡大の引き金は株価の高騰が握っているとします。このような新しい構造のもとでは,多民族を統合している「帝国」に復権の機会がめぐってきており,また僅少財が土地からエネルギー資源あるいは知的資源にシフトしていると述べます。
本書が取り扱っている内容は幅広く,また日本の現状に対する示唆も広範囲に及んでいます。本書が特に重視しているのは,もはや一国単位での経済政策を考えていては富の拡大にはならないこと,そして新しい世界経済体制の中では技術進歩・知識こそ物を言うから,基礎教育のレベルアップをしなければ日本の持続的成長が実現しないということです。グローバル経済にあっては特段の政策的対応をとらない限り国内での格差拡大は必至であり,しかし格差拡大が学力低下少子化に影響を与えると経済成長が落ち込むと本書は警告しています(本書・267頁)。
本書の分析が日本経済・日本社会の現状の全てを完璧に説明しているとまでは言えませんが(さまざまな数式が出てきますが,そこに代入される仮定の数字が正しいのかどうか,読み手にはその判断能力がありません),目立つトピックに対して世界経済の構造変革の観点から説得力ある説明を試みていることは確かです。21世紀の世界経済構造という大問題に対してさまざまな「妄想」を膨らませてくれる知的刺激を多々与える作品だと思います。