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Konstanz als Heimatstadt

川尻秋生・揺れ動く貴族社会

揺れ動く貴族社会 (全集 日本の歴史 4)

揺れ動く貴族社会 (全集 日本の歴史 4)

従来描かれることが少なかった平安時代の別の側面にも注目しています。


小学館の全集日本の歴史の第4巻は平安時代を対象にしています。平安時代と言えば藤原氏に代表される貴族の政治がまず思い浮かびますが,本書ではそうした政治状況と同時に,平安時代の災害と戦禍という要素にも注目しています。
災害という点からいえば,平安時代は現在は十和田湖になっている十和田火山が大噴火を起こしたり,関東・東海・関西で大地震が発生したり,洪水や疫病に襲われたりと,さまざまな社会不安要因があったとされます。よく知られる「末法思想」が人々に大きな説得力を持って迎えられた理由もここにあります。また戦禍の点では,武士が勃興し,平安中期の平将門藤原純友の反乱が,武士の残虐性を貴族たちに焼き付けたとします。本書では従来の歴史書ではあまり描かれることがない,武士の残虐性や武士による性暴力の問題も取り上げられています。
こうした時代背景を踏まえ,著者は平安時代を説明するキーワードとして「『公』から『私』へ」という言葉を用います(本書・42頁以下)。天皇が政務を執る場所が大極殿から内裏へと移り,政治の舞台が天皇のプライベート空間に移るようになります。こうした変化は天皇のみならず貴族でもおこり,家職という概念が登場します。著者はここに,日本人の「公」と「私」が分化していない考え方の淵源を見出しています。
このように他の巻と同じく本書も,ある時代に対する固定的なイメージに新しい素材を使って穴を開ける作業を行っています。政治的事件の背景を知ることで,平安時代のイメージがより立体的なものになるように工夫されているように感じました。