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Konstanz als Heimatstadt

スイス・ミナレット禁止国民投票の波紋

【パリ高木昭彦】スイスが11月29日の国民投票ミナレットイスラム教寺院の塔)の建設禁止を決めたことが,欧州に大きな波紋を広げている。国連や欧州連合EU)は「明らかな差別」として批判するが,多くのイスラム系移民を抱える国では一定の理解を示す声も出ており,イスラム文化との共存の難しさを浮き彫りにしている。
国民投票は右派野党・国民党が10万人の署名を集めて実現。政府は反対を呼び掛けたものの,賛成57・5%で可決された。人口750万人のスイスには,トルコなどからイスラム教徒の移民40万人が流入している。
これに対し,イスラム諸国会議機構が「欧州で反イスラム的な動きが強まったことの表れ」として強い失望を表明。トルコの欧州担当相はイスラム教徒に対し,スイスの銀行から預金を引き揚げるよう呼びかけた。
こうした反発が過激な行動の呼び水となることをスイス政府は懸念。欧州の治安対策会議で「異なる言語,文化,宗教の人々との共存の制限は,わが国の治安を危険にさらす」(外相)と表明する事態に。国連人権高等弁務官EU議長国のスウェーデン外相も「偏見の表れ」などと即座に非難したが,欧州内の反応は原則論一色でもない。
人口の1割弱をイスラム教徒が占めるフランスでは既に約20カ所にミナレットがあるが,3日発表の世論調査では,「フランスでも建設を禁止すべきか」との問いに46%が賛成,40%が反対だった。こうした風潮を受け,右派与党・国民運動連合の一部有力者は,スイスの動きについて言葉を濁す。極右・国民戦線は,国民投票の結果を歓迎し,国内でも「移民と分離主義についての国民投票」を主張している。
ドイツでは,保守与党・キリスト教民主同盟の幹部が「スイス批判は生産的ではない」としたうえで,国民投票の結果を社会のイスラム化に対する恐怖心の表れとして「真剣に受け止めるべきだ」と表明。また,オランダやベルギーでは,右派政党がスイス同様の建設禁止を政府に提案する動きをみせており,スイス以外の国でも今後,軋轢(あつれき)が生じる恐れがある。

西日本新聞の4日付記事からです。


イニシアティブのサイトのポスター(Plakat)(イニシアティブのサイトより)
このニュースは衝撃的なポスター(右の写真・イニシアティブのサイトより)とともに,ドイツでも大きく取り上げられています。
スイスは直接民主政の国としてよく知られており,国民投票(Volksabstimmung)によって憲法改正の発議をすることができます。今回のイニシアティブでは,スイス憲法の中に,ミナレットの建設を禁止するという条文を入れるかどうかが問題となりました。提案したのはSVP(die schweizerische Volkspartei)で,意見表明段階では議会や主要政党など多くが反対し,直前の予想では6割が反対するとされていたにもかかわらず,実際には57.5%が賛成に回りました。憲法改正手続をとらなければならないことが確定したものの,実際にこの方向で改正されるかどうかは今後の手続の進行によります。
イニシアティブが可決されたのは今回で17例目ですが,この背景には,スイスの失業率の上昇で,移民に対する風当たりが一般的に強まっていることがあります。移民問題はヨーロッパのどこでも大きな社会問題になっていますが,スイスもその例外ではありません。スイスがもともと保守的で閉鎖的な社会であることもまた,移民との軋轢をより強くしているのかも知れません。
ドイツにおいてもこうした移民問題との関係でこの話題が取り扱われることが多いですが,直接民主政の是非を巡ってもこの話題がしばしば取り上げられています(→Frankfurter Allgemeineの記事)。FDP(自由民主党)など直接民主政に賛成の立場からは,この結果には失望するものの,それは直接民主政のせいではなく,適切な最低投票率などの規定をおけば問題は解決するという主張がなされています。今回のスイスのイニシアティブの投票率は53.4%で,過去のイニシアティブと比べてもそれほど低い方ではないのですが,単純に考えても有権者の約半数の半分強の賛成で国政の方針が決まることに違和感がないわけではありません。これに対して,直接民主政に懐疑的な立場からは,基本法が直接民主政を採用していないことを高く評価し,また基本権に関わることについて将来的にも直接民主政を導入すべきではないという主張がなされています。
この問題は日本ではどのように受け止められるでしょうか。折しも今年の春,福岡の箱崎九州大学の近く)に九州初のモスクが建設され,そこにはミナレットも併設されています(→このサイトに写真も含めて紹介があります)。イスラム教の信者の絶対数がまだ多くないこともあり,社会的な紛争はまだ発生していないように見えます。あるいは日本社会は既に宗教に関しては寛容(悪く言えばいい加減)であり,習俗・文化面での問題が生じなければ,宗教をめぐって問題が生じる可能性は,少なくともヨーロッパに比べれば低いと言えるのかも知れません。しかし,ミナレット問題は,日本社会の将来のあり方に大きな一石を投じているように思えます。