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Konstanz als Heimatstadt

藤木良明・マンションの地震対策

マンションの地震対策 (岩波新書)

マンションの地震対策 (岩波新書)

マンションの耐震対策から垣間見る社会問題とその解決の難しさが分かります。


本書の内容は大きく2つあります。1つはどのような構造のマンションが安全なのか,逆にどんな建て方をしていると地震に対して弱いのか,耐震補強するにはどのような方法があるのか,といった,工学的な知見です。この点について筆者はあまり専門用語を用いることなく,一般読者にも分かりやすく説明しています。もう1つは,マンションを建て替える際の法的な問題点についてで,読み手の関心上,以下ではこの内容に絞って紹介します。
阪神・淡路大震災の被災地であっても戦前の鉄筋コンクリートが無傷で残った例があります(神戸市東灘区・御影公会堂)。建築基準法の前身である市街地建築物法は構造基準が今よりも厳しく,さらに設計にもゆとりがあったため,現在のマンションよりもはるかに耐震強度が高いのだそうです。これに対して1950年に制定された建築基準法では,建築資材不足を反映して耐震強度よりも経済効率性が優先され,それが高度成長期にあっても軽快でシンプルな建物がよいとされたことから,耐震強度に対しての配慮がなされてきませんでした。転換点となったのは1978年の宮城県沖地震で,1981年に構造計算方法が変更されています(新耐震設計法)。ただしこれでも完全なものではなく,大規模地震で人命が失われないことを目標としている基準であることには注意が必要です(本書・39頁以下)。
マンションが地震によって被害を受けた場合,まず分かれ道として「建て替え」か「補修」かのいずれかが選択されることになります。建て替えの場合にはさらに,マンションの管理組合が主導する「自主再建方式」と,デベロッパーに買い取ってもらい完成後にもう一度購入する「全部譲渡方式」の二つがあります。マンションの建て替えの難しさは,そもそも住民同士の情報共有が進んでいない土壌のもとで,個々の住民の生活状況や経済状況に大きな相違があり,それらを調整しないことには進行していかないところにあります。また補修でもよい程度の損害だった場合にデベロッパー等の勧めに従って住民多数が建て替えを選択すると,建て替えに伴う経済的負担に耐えられない人が居住の場を追われる結果になってしまいます。他方で,建て替え反対者の買取請求権(区分所有法)の行使は,マンション管理組合に対して大きな経済的負担を生じさせるものになります(本書・128頁以下)。
本書はいくつかの成功例と,逆に裁判にまで発展した紛争例とを紹介しています。抽象的に言えば合意形成に時間をかけた場合に成功する確率が高そうですが,ファクターとしてそれだけなのかはこれだけでは判断できません。制度設計のレベルで考えると,先に立法化されたマンション建替え組合のしくみでこうした問題が十分解消されているのか,あるいはマンションに住み続けたい人の利害を十分考慮できているのか,考えさせられました。