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Konstanz als Heimatstadt

武田徹・NHK問題

NHK問題 (ちくま新書)

NHK問題 (ちくま新書)

歴史をたどることによってNHK問題にアプローチする作品です。


不祥事が続き,あるいは受信料の不払い問題に揺れるNHKについて,主として歴史をたどり,放送の公共性とは何かという問題からNHKの改革の方向性を議論しているのが本書の特色です。
本書がまず取り上げるのは「ラジオ体操」です。ラジオ体操はもともとアメリカの生命保険会社が,その市民に対するイメージを好転させるために始めたものだそうです。それを創設直後のNHKが取り入れ,さらにはそれが国民的な一体感を高め,戦争遂行へと進む手段として使われるに至ります。それが戦後,今度は「気分をさわやかにする」ものであるとして復活し,「一糸乱れぬ民主化」の手段となったと筆者は見ます(本書・50頁)。
次に本書は,戦後の一時期だけ存在した行政委員会である,電波監理委員会について取り上げます。この委員会は行政委員会の整理の際になくなり,電波関係の権限は郵政省に吸収されます。しかし本書は,委員会が存在した時代でも,実は委員会の独立性にもとづく公正な決定はなされていなかったことを明らかにします。しかし委員会における議論がもつ「可謬性」が公共性を生み出す可能性にも注目しています(本書・74頁)。
続いて,NHKの番組が政治介入を受けたというエピソードとして最も知られている『日曜娯楽版』事件が扱われます。本書はしかし,そのような解釈だけではなく,そもそも番組自体が柔軟性を失い,おもしろくなくなってしまったから廃止に至ったのだという見方もできることを紹介しています(本書・108頁)。
本書の後半では,以上のようなエピソードから,NHKと放送の公共性について考えていく作業に力点が移ってきます。NHKのあり方や改革論に,イギリスBBCの影響が強く出ていることを筆者は指摘します。他方でBBCが備えている政府との距離をNHKがもたないことをも筆者は問題にします。さらに,NHKの受信料義務化の問題とも絡めて,視聴者がNHKの運営のあり方などに対して直接参加するしくみを構想することの重要性を筆者は指摘しています。受信料の支払い・不払いとはNHKへの視聴者のアクセス回路であって,受信料こそが視聴者のNHKに対する評価を伝えるものである,だから不払いに罰則を設けることは批評の回路を絶つことになって好ましくない,と著者は述べます(本書・234頁)。
放送の歴史をたどるという目的でも,またNHK問題を改革する上での方策を考えるという目的でも,本書の提示した内容は有益であると思われます。