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Konstanz als Heimatstadt

保阪正康・田中角栄の昭和

田中角栄の昭和 (朝日新書)

田中角栄の昭和 (朝日新書)

田中角栄に対する新たな見方を提示しています。


田中角栄に対する分析や評価を行っている本はとても多いですが,多くはその罪の部分にフォーカスするか,功の部分を強調するかに分けられ,人によって描かれる像は全く対極的です。本書は田中角栄を昭和史の中になるべく中立的に位置づけようとすることで,従来の角栄像とは異なる像を提示しようとしています。
そのキーワードとなっているのが「無作為の国体破壊者」(32頁)と「恥ずかしいということを知らない」(394頁)です。田中角栄には天皇に対する特別な感情がなく,むしろ冷めた感情をもっていたと筆者は分析しています。また物質的な欲望の追求と利益誘導を繰り返す田中角栄の姿を凝縮して,「恥ずかしいということを知らない」という越山会幹部の言葉を最後に角栄を性格付ける表現として用いています。こうした角栄のあり方は日本の昭和社会のあり方でもあったというのが筆者の見立てです。
そのような角栄像を形成する上で最大の背景になったと本書が見ているのが戦争体験です。大正7年生まれの田中角栄の世代は,太平洋戦争で最も犠牲者を出した世代といわれます。本書は冒頭で,その世代のある人が,合法的に兵隊を抜ける方法を語るというシーンを紹介しています。この合法的な軍隊忌避についてはほとんど知らなかった内容で読んでいてびっくりしましたが,角栄もまたこうしたルートを経ているのではないか,この世代の戦争に対する感情を代表する人生を歩んでいるのではないかという指摘はとても興味深いものでした。
折しも民主党代表選挙では田中角栄としばしば比較される小沢一郎が立候補する動きを見せていますが,本書はこうしたアクチュアリティを抜きにしてもおもしろい「昭和史」の断面を切り取っているように思いました。