C1とC2のあいだ
コミュニケーションのためには何が必要なのでしょうか。
今週中盤まで続いていた35度前後の高温はようやく一段落し*1,爽やかな夏の日が戻って来ました。気がつけば来週で今学期の授業は終わりとなります。
今学期も,SLI(Sprachlehrinstitut)の先生のご厚意で,外国語としてのドイツ語(Deutsch als Fremdsprache)の授業に出させてもらいました。前回の滞在時(2008-10年)は,B2からスタートしてC1のクラスまで経験できましたが,今回はC1に加えてC2のクラスにも初めて参加しました。
B2のクラスでは文法事項の説明もそれなりに多いですが,ドイツ語を話したり聞いたりすることもかなりのウエイトを占めます。日本人は一般に筆記テストがよくできるため,聴き取りや会話の面では途方もなくよくできる(とりわけヨーロッパ出身の)学生たちに面食らうことがしばしばあります。C1になると文法の説明はほとんどなく,語彙や動詞を中心とする慣用表現がしばしば登場します。C1では自分の意見をみんなの前で発表することがかなり強く求められるようになります。
コンスタンツ大学のC2クラスで今学期に開講されていたのは,ドイツ語の話し言葉(Umgangsprache)です。C1とC2では,学生層がかなり違います。C1では交換留学生が過半数を占めていますが,C2になると交換留学生はほとんど見かけず,Vollzeitと呼ばれるコンスタンツ大学に学籍登録している学生が多くなります。しかもそのほとんどはマスターかドクターコースに所属しており,年齢層が一気に高くなります。さらに,C1でもすでにその傾向がありますが,アジア系が極めて少なくなり,東欧・旧ソ連地域出身者の比率が高くなります。もともとコンスタンツ大学は東欧からの留学生をかなり受け入れていますが,東欧では日本における英語と同じような扱いでドイツ語がかなり年少の頃から教えられており,ドイツ語ができる学生が多い印象を受けます。
C1とC2の学生の大きな違いは,語彙力と発音にあります。語彙力に関しては,例えば先生が○○という単語の例文をつくるようにと指示すると,すぐに答えが返ってきます。また,専門用語ではない語彙の中でも普段の会話ではあまり聞かないような単語をよく知っている人が多いです。発音に関しては,母国語の訛りのあるドイツ語を話す学生は少数派です。
このように,学生層やそのレベルにも違いがありますが,さらに言えば,C2ではC1とはかなり異なる目標が設定されているように感じられます。それは,ドイツ人と同じようにドイツ語を話し,コミュニケーションできることが目指されていることです。その典型が,話法の不変化詞(Partikel)です。ja,eben,dochといった会話に出てくる小さな言葉は,それが分からなくても意味を理解する上では問題がありません。しかし,なぜ相手がそのような発言をしたのか,そこにどのような思いや認識が込められているのかを知るには,Partikelの意味が分かっている必要があります。逆に,Partikelの働きをきちんと理解するためには,その会話のコンテクストや内容が正確に理解できていなければならず,それゆえ単語としてはやさしそうに見えるのにC2で扱われているのだろうと思います。
ドイツ語の学習の出口にあたる部分が「話し言葉」だという事実は,外国語教育に対しても大きな示唆を与えているように思います。日本の英語教育では,文法が分かっても話せない人が多いことを問題視して,コミュニケーション英語が早い段階で教えられる傾向が見られます。しかし,よく考えると,話し言葉は相手方との最初の接点であることがほとんどで(最近ではメールによるやりとりから始まることも多いかも知れませんが,メールの文章はどちらかというと話し言葉寄りです),話し言葉のレベルはネイティブが相手方の語学力を測る指標になっているように見えます。一時的なコミュニケーションで済むなら,とにかく話せることが重視されるべきでしょう。他方で,継続的なコミュニケーションのためには,文法・語彙・発音の能力が揃った上で,話し言葉特有の現象や表現を押さえる方が,ネイティブの予想を裏切らない語学能力を持つ近道なのかもしれません。
*1:今のところ,コンスタンツの7月の平均気温は25.6度で,これまで一番暑かった2006年7月の平均を上回っています。