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Konstanz als Heimatstadt

ロナルド・ドーア(石塚雅彦・訳)・働くということ

新書であるにもかかわらず,あまりにも多くの内容が詰め込まれている一作…というのが同書を読んだ素直な感想です。筆者は著名な社会学者であり,日本論に関しても戦後直後から多くの有名な著作を発表していることで知られます。著者の日本論をいくつか読んだことがあったので,今回もその延長かと思っていましたが,今回の作品はむしろ現在の世界全体の資本主義あるいは「労働観」の変遷を取り扱うことに主眼があります。

同書が扱うトピックは多岐にわたります。気になったものだけ列挙するとしても,成果主義批判・整理解雇の四要件・福祉国家から市場個人主義へ・労働組合の弱体化・学歴社会ではなくなった日本・資本主義形態の多様性など,分野にもかなりの幅があります(この点では,以前にこの欄で紹介した『自由と秩序』と同じく,小論文のネタ探しにはよい作品です)。逆に,新書というサイズの限界もあって,結局のところ著者が何を主張したかったのかがわかりにくくなっています。おそらくはアメリカナイズされた現在の資本主義の勝利はまだ確定していない,資本主義の多様性を維持しつつ,現在は捨てられているように見える社会的な価値を市場原理の中に取り込む可能性を模索したいというのが主張の中核なのだろうと思います。そこで問題となるのは,その際の手段です。1990年代から続く日本社会の構造変革の中で,合理的に説明が付かない手法は次第に切り捨てられてきており,その方向性はおそらく正しいでしょう。そうであるとすると,社会的な価値を資本主義システムにとりこむ手法は,復古主義によるのではなく,別のルートから新たに造り出す必要があるように思います。それが何なのかは今すぐに答えが出せるものではなさそうですが,現在語られている政治哲学の考え方の中のいくつかはそれに役立ちそうな気がします。