ernst@hatenablog

Konstanz als Heimatstadt

大竹文雄・日本の不平等

日本の不平等

日本の不平等

日本社会から中間層が失われつつあるという話はよく聞きますし,感覚として最近の所得格差は拡大しているのではないかという気もします。こうした問題に対して経済学的な分析を加えたのがこの作品です。


著者は大阪大学社会経済研究所教授,労働経済学などを得意とする方のようです。同書は次の10章から成ります。

  • 所得格差は拡大したのか
  • 誰が所得格差拡大を感じているのか
  • 人口高齢化と消費の不平等
  • 所得不平等化と再分配効果
  • 誰が所得再分配政策を支持するのか?
  • 賃金格差は拡大したのか
  • ITは賃金格差を拡大するか
  • 労働市場における世代効果
  • 成果主義的賃金制度と労働意欲
  • 年功賃金の選好とワークシェアリング

タイトルを見ても分かるように,いずれも現代の労働環境においてホットなトピックばかりです。各章の冒頭にその章の要約がついており,章の最後には結論がスマートにまとめられているので,話の筋を容易に追うことができます。著者は計量分析をも行っていますが,数式はさほど出現しないので,文系頭でもなんとか読めます。
筆者はまず,「所得格差は拡大したのか」という問いに対しては,所得格差の主要要因は人口の高齢化であって,年齢内の所得格差の拡大は小さい(同書・35頁)とします。次に,「誰が所得格差拡大を感じているのか」は,意識調査の結果,有業女性・高齢者・危険回避的な人・貧困層拡大を感じている人であり,とくに失業率増大・ホームレス増加が不平等のシグナルと受け取られているとします(同書・55頁)。さらに,「賃金格差は拡大したのか」については,大卒中高年層には拡大が見られるものの,他は比較的安定的だそうです。にもかかわらずなぜ格差拡大の意識が高くなっているのかについて,同書は「大卒が増えて大卒ホワイトカラーの人材のばらつきが大きくなったこと」「平均的賃金引き上げ率が下がったこと」を挙げています(同書・160頁)。所得格差拡大の可能性を秘めた成果主義については,「成果主義的賃金制度と労働意欲」の中で取り上げており,成果主義的賃金制度を機能させるには,働き方を変更すること(仕事の役割分担の明確化・仕事に対する責任を重くする・能力開発の機会を増やす)が必須であり,逆に評価要素がきちんと知らされていなければ労働意欲が低下するとしています(同書262頁以下)。この分析は,高橋伸夫・<育てる経営>の戦略と共通するところがあります。
同書の全体から伝わる印象は,わが国の所得格差は,同一グループの中では,今感じられるほどには拡大していないということです。それを感じさせる要因が複合的に作用して,格差社会になったという雰囲気が醸成されているようです。ただし,同書もとりあげる成果主義賃金や,パートタイマー(同書・183頁以下)などの雇用形態が今後も増えていくと,同一グループ・別グループともに所得格差は拡大することになりそうです。
上記の本筋とは関係ありませんが,個人的に興味を惹いた部分をメモ的に引用します(同書・183-184頁)。

職業紹介がIT化されることで,本当に効率的なマッチングが行われるようになるか否かについては,二つの問題点がある。
第一に,ITによる求人・求職費用の急激な低下は,求人企業にとって,膨大な量の応募者を抱えることになる。そのとき,応募費用が安ければ,逆選択の問題を深刻にする。日本でも大卒者用の就職用のサイトを通じての応募数は,かつての資料請求はがきによる応募数をはるかに超える数になっている。
急激に増大した応募者の履歴書を検討していくことは,企業にとって膨大なコストがかかることを意味する。それに対応するために求人側が取る行動は,より質の高い学生だけにしぼるために様々なハードルを設けることである。エントリーシートと呼ばれる申込書に比較的長文の文章を書かせるのもその一つである。また,英語の能力を基準にしたり,なんらかの資格をとっていることを基準にしたりするという新たなシグナルを要求することも生じてくる。企業が課すシグナルを持っている求職者は,すぐに就職が決まるが,シグナルを持っていない求職者はいつまでも第一次選抜で撥ねられて,就職が決まらないという二極化が生じることになる。
...(中略)...
第二の問題点は,ITによって伝わる情報は,文字情報や画像情報に限られており,実際会ってみて初めて得られるような情報のほうが非常に多いということである。IT化される前なら,求人に応募してくる求職者数が限られていたために,企業は最善の人を取ることはできなかったかもしれないが,応募者全員と面接してみてITでは伝わらない情報をもとに採用を決定することもできた可能性がある。仕事によっては,そのような情報が決定的に重要な場合もあろう。

前半の問題点は以前本バトンで紹介した浅羽通明・大学で何を学ぶかの指摘と重なります。また後半部分については昨日の「きよしこ」と同じ話ですね。