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Konstanz als Heimatstadt

中野麻美・労働ダンピング

労働ダンピング―雇用の多様化の果てに (岩波新書)

労働ダンピング―雇用の多様化の果てに (岩波新書)

豊富な事例から現代の日本社会における労働事情を描いています。


今年の流行語でもあり,またこのernst@hatenaでも関係する本をいくつか取り上げてきた「格差社会」についての,今年最後の紹介図書は,労働問題に正面から取り組んだ本書です。いわゆるワーキングプアの問題が指摘され,またそれとの関係で最低賃金法の改正が議論されています。本書は,90年代後半から増加した「非正規雇用」が労働ダンピングを引き起こし,それが個人のレベルでも社会のレベルでもさまざまな問題を生じさせていることを,さまざまな具体的事例を通して提示しています。
本書の主張はさまざまですが,とくに注目すべきと思われるのは次の2点です。第1は,労働における「格差」の発生の大きな要因として,規制緩和あるいは公共サービスの外部委託があることに注目していることです。タクシーの規制緩和タクシードライバーの労働環境を悪化させています。また市場化テストあるいは保育所民営化によってダンピング価格で落札すると,雇用環境の悪化に直結します。規制によって守るべき利益と,規制によって失われる利益とをいかにして正確に把握し,衡量するかという問題が改めて突きつけられているように思われます。第2は,働き方のスタイルを男性モデルから女性モデルに切り替えるという視点です。1986年の男女雇用機会均等法により,女性に対する特別な規制に対するネガティブな評価がなされました。これに対して筆者は,むしろ男性に保護が及んでいない方こそ問題にすべきであり,男女の賃金格差と男性の長時間労働という二つの問題はコインの表裏であることを意識すべき事を強調しています。
持続可能な社会システムを考える上で,労働法制のあり方は大きな意味を持ちます。どのような実体的・手続的ルールが必要なのか,解を見つけるのは簡単ではありませんが,本書はそのヒントを提供してくれているように思われました。